January 16, 2005

スイミング・プール (2004)

suiminguロベール・トマの戯曲『8人の女たち』を映画化したことで、ミステリ・ファンならマークしているに違いないフランソワ・オゾンだが、この新作の主人公はなんとミステリ作家だ。売れっ子の女性作家サラが新作を書き下ろすために、愛人である編集者の別荘を訪れるところから物語は始まる。
ミステリ作家のサラ(シャーロット・ランプリング)がやってきたのは、南フランスの田舎町だった。出版社の経営者ション(チャールズ・ダンス)が所有しているのは、庭にプールがある瀟洒な佇まいの別荘だった。ロンドンではややスランプ気味だったサラだが、気分を一新し、さっそく新作にとりかかる。ところが、ある晩、十代の娘ジュリー(リュディヴィーヌ・サニエ)がやってきて、ジョンの娘であると名乗った。プールを素裸で泳ぎ、次々違う男性を連れ込むジュリーの気ままな生活ぶりに苛立ち、サラの執筆ペースは乱れるが、やがてジュリーの奔放な男性関係に興味を惹かれ、それに呼応するかのように小説の執筆も進み始める。ところが、ある朝、プールサイドで血痕を発見したサラは、それが昨晩、ジュリーが連れて来た町のカフェで働く男性のものではないかと疑う。サラに問い詰められたジュリーは殺人を告白をし、サラはジュリーに殺人の隠蔽について協力を申し出る。
ミステリの仕掛けとしては安易なものだが、終盤にたたみかけてくるどんでん返しには眩暈に似た感覚をおぼえた。最初は、よく判らず、狐につままれた感じもしたが、よく考えると悪くないオチという気もしてくる。愛人にも飽きられ、新作の執筆も思うにまかせないミステリ作家を主人公にしている必然性のようなものが、おぼろげながら次第に浮かび上がってくるからだ。
ただ、その手法はあまりスマートともいえず、勘の悪い観客には理解されないかもしれない。この結末を不条理なものと思う向きもあるだろう。そういう意味で、ミステリ的というよりは映画的な作品として評価するのが妥当かも。わたしの中では、日に日に評価が高まっていくような予感がするのだが。
とにかく、シャーロット・ランプリングが60歳目前とは思えない大人の色気があって、またミステリ作家という職業の独特の雰囲気を見事に湛えている。彼女のデビューは確か、リチャード・レスターの『ナック』だった筈で、その後、ヴィスコンティやリリアーナ・カバーニの作品で活躍し、名をあげた人だが、本作を見ると、女優としていい歳のとりかたをしていると思う.彼女の存在感で、この作品の完成度はぐっと高まった。[★★★]

(以下ネタばれ)
あまりきちんと説明されないので、ちょっと自信のないところもあるが、すべてはサラの妄想であった、というオチが正解だと思う。新作の生みの苦しみ、性的な妄想、愛人へのあてつけ、などが妄想の源だったのではないか。

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January 13, 2005

アイデンティティー(2003)

aiden嵐に閉ざされ、外の世界とは隔絶されることになった1軒のモーテル。そこで連続殺人の火蓋が切って落とされる。典型的なフーダニットのミステリ劇といっていいだろう。監督は「17歳のカルテ」、「ニューヨークの恋人」のジェームズ・マンゴールドである。
リムジンの運転手エド(ジョン・キューザック)は、女優を乗せて運転中に、激しい雨に視界を遮られ、誤って女をはねてしまう。近くの寂れたモーテルに女とその家族を送り届け、助けを呼ぶために再び車を走らせたエドだったが、道は豪雨で寸断され、やむなくモーテルへ戻ってくる。一方、モーテルでは、さまざまな老若男女たちが折りからの豪雨のために足止めをくっていた。そこに、囚人を護送中の警察官(レイ・リオッタ)がやってくる。彼らを含めて11人が、モーテルで一夜を明かすことになった。まず、女優のキャロライン(レベッカ・デモーネイ)が残忍な手口で殺される。それは連続殺人の幕開けだった。
冒頭、そして物語の途中に、モーテルとは別の場面が観客に示される。そこでは、死刑囚が再審査の精神鑑定を受ける場面のようだが、メインのストーリーとどう関係があるかまでは判らない。このあたりの伏線の張り方、そして緊張感の高め方は、なかなか堂に入ったものだ。
やがて観客は、連続殺人の描写の中にある種の違和感を抱くに至るのだが、さすがに真相までは見抜けないだろう。連続殺人のフーダニットも意外な犯人が明かされるが、本当のサプライズ・エンディングは別にある。あまり説明すると、これから観る人の興味をそぐ恐れがあるので控えねばならないが、その種明かしには、理に適った(ギリギリ、あるいはスレスレかもしれないが)飛躍があって、心地よい驚きがあると思う。[★★★]

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January 07, 2005

世界でいちばん不運で幸せな私(2004)

sekai人騒がせな男女の物語である。ヨーロッパ全土で大ヒットになったという触れ込みだが、正直いって、物語自体はまったく共感できない。しかし、それでいて不思議と気になる映画なのだ。
小学生のジュリアン(子役、のちにギョーム・カネ)は、移民の子として苛められてばかりの少女ソフィー(子役、のちにマリオン・コティヤール)を元気付けるために、メリーゴーランドの模様が入ったきれいな空缶を彼女に渡す。それを宝物として受け取ったソフィーは、ジュリアンにこう言う。「ゲームをやって勝ったら返してあげるわ。のる?のらない?」 しかし、この一言が彼らの人生を決定付けるものになるとは、幼いふたりは知るよしもなかった。この宝物は、ふたりの間をテニスのラリーのように行ったり来たり。そのたびに、人生のあらゆる局面を、ふたりはゲームに変えていく。互いに惹かれあうものの、ふたりを運命の悪戯に誘うゲームは果てしなく続いていく。そして、このゲームの果てに、ふたりを待ち受けていたものは…。
わが国でも大ヒットした『アメリ』にも通じる個性的な映像スタイルが印象に残るけれど、その個性的な映画作法作法にも拘わらず、どうもピンと来ない。度を過ごしたジョークよろしく、あまりにくどいふたりの暴走ぶりに、観ていて次第に腹がたってくる。
しかし、一方で、エスカレートしていくゲームに、次にどういう展開が待ち受けるのかという興味が湧いてくるのも事実で、そこはミステリの楽しみに似ているといえるかもしれない。わたしは、ちょっとした伏線が鮮やかに浮かび上がってエンディングが気に入った。結末はしょうもないほどお馬鹿だが、この幕切れの余韻はちょっと素敵だ。監督は、この作品が長編映画デビューとなるヤン・サミュエル。[★★]

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January 02, 2005

マッチスティック・メン(2003)

poster_matchstickmen_031贔屓のニコラス・ケイジが主演だし、原作がヴィレッジブックスから出ている(原作者は『さらば、愛しき鉤爪』のエリック・ガルシア!)ってこともあって、ミステリ映画だろうと思い、公開時から気になっていた作品である。タイトルの〝マッチスティック・メン〟は〝詐欺師たち〟の意。
詐欺の稼業で優雅な暮らしを送るロイ(ニコラス・ケイジ)の唯一の悩みは、並外れた潔癖症である。それを抑えるために、特別に処方された薬を服用する日々を送っている。しかし、ある朝、間違って薬を流しのディスポーザーに落としてしまったから大変。パニック状態に陥ったロイに、見習いの相棒フランク(サム・ロックウェル)は、知り合いの精神分析医(ブルース・アルトマン)を紹介する。薬を処方するための条件として、しぶしぶ問診に応じたロイは、生まれてこのかた一度も会っていない娘が存在する可能性に思い当たる。別れた妻の家のあたりをうろつくうちに、偶然にも出会った少女は、ロイの娘アンジェラ(アリソン・ローマン)を名乗った。母親との不仲を理由に、ロイの家にころがり、彼の生活に干渉するアンジェラ。新たなカモを料理しようと準備を進めていたロイだったが、やむなく仕事にアンジェラを巻き込むことに。
仕掛けは、物語の前半にだいたい想像がついてしまう。なるほどよく出来てはいるけれど、この手のドラマは底が割れてしまってはしょうがない。そういうわけでサプライズ・エンディングの衝撃はほとんどなかった。そもそも娘との心の交流をしんみりと描くあたりに隙があり、それがコンゲームの流れに微妙にズレが生じさせ、最後まであとをひく。潔癖症の詐欺師という設定は面白いし、丁寧な作りではあるのだが、それが実を結んでいない。
監督はリドリー・スコットだが、こういうハートウォーミングな内容から察するに、実質的には製作総指揮にあたったロバート・ゼメキスの作品だろう。リドリー・スコットは、異様な緊張感に満ちた作品世界を作り出す映像作家だったが、ここのところそういう才能がすっかり影を潜めたようだ。そういえば、面白くなる筈の『ブラック・ホーク・ダウン』も、期待したほどじゃなかったことを思い出した。なんとも寂しい限りである。[★★]

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January 01, 2005

マンハッタン殺人ミステリー(1993)

manhattan今年もよろしく。というわけで、まずは近日公開のアナウンスがされている『さよなら、さよならハリウッド』への期待をこめて、ウディ・アレンの作品を。若い頃のアレンは、ややもすると才気が勝ちすぎるきらいがあって、個人的には必ずしも好きな作品ばかりとはいえないが、90年代以降は、こちらも歳をとったせいか、登場人物の考え方に共感させられることが多くなってきた。そのきかっけとなったのが、この93年の作品『マンハッタン殺人ミステリー』である。
編集者のラリー(ウディ・アレン)は、マンハッタンのマンションで妻のキャロル(ダイアン・キートン)と暮らしているが、ある晩、エレベーターで一緒になった隣人のハウス夫妻と親しくなる。その数日後、ハウス夫妻の妻(リン・コーエン)が心臓病で急死したと知らされるが、キャロルはハウス氏(ジェリー・アドラー)のやけに明るい態度に不審を抱く。ラリーは、キャロルのそんな行動を咎めるが、二人の友人である俳優で演出家のテッド(アラン・アルダ)の協力で、キャロルは探偵そこのけの調査を開始する。そんなある日、死んだ筈のハウス夫人の姿をとあるホテルの前で目撃したキャロルは、ラリーをともなってホテルの部屋に潜入するが、そこで死体となったハウス夫人を発見する。
そもそもミア・ファーローとの共演が予定されていたが、アレン自身の私生活のあれやこれやで、ダイアン・キートンが起用されたと聞いている。しかし、それによって、まるで『アニー・ホール』の後日談のような雰囲気に仕上がったことは悪くないと思う。〝ミステリー〟と謳ってはいるものの、物語の中盤で主人公のラリーが担当する女流作家のマーシャ(アンジェリカ・ヒューストン)が披露する推理がそのまんまという寂しさだが、終盤、劇場の場面では、ちょっとしたヒッチコックを手本にしたような緊張感がある。
しかし、むしろ見所は、優雅なカルチャー・ライフを送る登場人物たちの饒舌なやりとりにある。ほとんどひっきりなしに喋っている登場人物たちを見ているだけで愉快だし、キャロルが脚本家のテッドへ、ラリーが女流作家のマーシャへ向ける好意を、それぞれが嫉妬するという展開の挙句に、気弱なラリーの活躍でキャロルを窮地から救い出すという幕切れは、かつての作品にはない暖かさを感じる。[★★★]

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December 30, 2004

イブラヒムおじさんとコーランの花たち(2003)

iburahimu雪の降る日に、恵比寿ガーデンシネマで『イブラヒムおじさんとコーランの花たち』を観た。正月映画と聞いていたけど、天候のせいもあってか、3:10分の回はがらがら。年末の慌しさを束の間逃れ、ゆったりした気分で観られました。
1960年代のパリが舞台。多感な年齢にさしかかったばかりの少年モモ(ピエール・ブーランジェ)は、パリの裏通りのアパートメントで父親(ジルベール・メルキ)とふたりで暮らしている。母親はモモが幼い頃に家を出ており、父親はあまり彼を構う余裕がない。食料品を万引きしたりして、荒んだ日々を送っているモモに暖かい眼差しを向けるのが、食料品店の店主イブラヒム(オマー・シャリフ)である。イブラハムのさりげない人生の手ほどきで、モモは少年らしい闊達さを取り戻していく。やがて、モモに訪れる家族との別離。それを機に、イブラヒムは彼を養子にして、故郷であるトルコの小さな村を目指して、赤いオープンカーで旅立つ。
pict_ibrahim街頭には娼婦たちが立ち並び、さまざまな人々が行き交う活気にあふれたパリの裏町。その猥雑な舞台で繰り広げられるモモのさまざまな日常をいきいきと描いていく前半は、わたしの大好きなフランス映画のテイストに溢れている。後半は一転し、パリを出発して大陸づたいに車を走らせるロードムービーとなる。
イザベル・アジャーニがちょい役で出演していたり(最初は判らなかった)、画面に広がるトルコの風景にイスラムの教えがかぶさる後半の宗教的で静謐な展開など、見所は沢山あるが、全体には淡々としたタッチで物語は進められていく。エンディングはやや唐突という感じがないではないが、余韻は悪くない。個人的には、イブラヒム老人の人生哲学のようなものがさりげなく語られるくだりが好きで、失恋したモモに対し、『彼女への愛は気味だけのもので、それは永遠に失われない』という一言なんて、なかなか心にしみるものがあった。
贅沢に使われる60年代音楽もいい雰囲気を出していて、とりわけ予告編でも流れたボビー・ヘッブの〝サニー〟がいい感じだし、クリス・モンテスの曲も懐かしい。監督は、『夜のめぐり逢い』や『うつくしい人生』のフランソワ・デュペイロンで、原作はエリック=エマニュエル・シュミットのベストセラー小説『モモの物語』。、モモ役のピエール・ブーランジェはまったくの新人とのこと。[★★★]

woodyなお、関係ないが、予告編でウディ・アレンの『さよなら、さよならハリウッド』の予告編が流れていた。嬉しいな。もしかして、『スコルピオンの恋のまじない』以来?アレンの新作が、よくやく観れる。

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December 29, 2004

閉ざされた森(2003)

tozasaretamoriミステリ劇だというので、ずいぶんと前からマークはしていた『閉ざされた森』をDVDでようやく観た。監督はジョン・マクティアナン、密林が舞台ということで、勝手に『プレデター』を連想したりもしたが、かなり練りこんだ推理劇になっている。
パナマに駐留する米軍で、鬼軍曹(サミュエル・L・ジャクソン)率いるレンジャー部隊が、特殊な訓練のさなか、森の中で消息を絶つ。捜索のヘリが、味方同士で撃ちあっていた彼らを発見。2名が生還するが、1名が死体、そして残る4人は行方不明のままだった。尋問に対し、固く口を閉ざし、何も語らない生存者たちから情報を聞きだすために、元レンジャー隊員だったトム(ジョン・トラボルタ)が非公式に呼び出される。トムの尋問により彼ら緊張は緩み、やがて、森で起こった事件について語り始めるが、2人の証言は互いに食い違い、矛盾に満ちたものだった。
生還した2人レンジャー部隊員の証言によって、暴風雨の森で起こった殺人という過去を再構築していく過程の試行錯誤が非常に複雑にできている。6人のレンジャー部隊員をきちんと頭にたたきこんで観ないと、あれれ、ということになりかねない。ただし、多くを語ることはできないが、その錯綜する展開自体が、観客を陥れる大きな仕掛けになっていて、最後に明らかにされる真相が、そこまでの違和感を一気に一掃するシナリオはお見事。[★★★]

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December 22, 2004

東京ハレンチ天国/さよならのブルース(2001)

harenchiつい先ごろ、ゴールデン・カップスのドキュメンタリー映画『ワンモアタイム』が公開され、話題になったばかりだが、この映画はどれくらい話題になったのだろう?2001年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門でグランプリを受賞したというのだから、その方面の人はご存知なのだろうが、少なくとも、わたしはまったく知らなかった。
しかし、GS、ネオGSと、いつまでたっても、かつてのグループサウンズが忘れられない身としては、レンタルショップで見つけて、思わず手が伸びました。なにせ、ジャケットがサイケだし、売れないGSバンドの物語という触れ込みだもの、これは放っておけない。
殺し屋になりたての主人公は、ひょんなことから組織に追われる身となり、逃げ込んだスナック(ライブハウス?)でドンキーズというバンドの面々と仲良くなる。ドンキーズは、売れないGSで、その店を根城に、世に出る日を夢見ていた。しかし、運命の悪戯から、彼らもまたとんでもないトラブルに巻き込まれることになる。
うーん、なるほど、これはディープなGSテイストですねぇ。使われている曲はみな昔の曲のカバーだと思うけど、あの時代を彷彿とさせるいい雰囲気を出しています。インディーズのチープさは隠しようがないものの、かつての歌謡映画の乗りが懐かしい。あくまでB級だけれど、妙に印象に残る映画だ。
ちなみに、カメオ出演というよりは、準主役のような扱いで田*トモ*ウが友情出演している。これだけで、相当に変な映画になっているが、お馬鹿なラストシーンがこれまた強烈。これはもう笑うしかないね。監督・脚本は本田隆一、主演は山本浩司と安田美香、安田の歌はなかなか聴かせる。2001年作品。[★★]

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December 16, 2004

ツイステッド(2004)

twistedもうとっくにロードショーは終わっているが、『ツイステッド』について書いておこうと思う。
そのタイトルからして仕掛けがありそうだと思ったけど、ミステリ映画としての出来は悪くない。アシュレイ・ジャド演じる主人公のジェシカは、サンフランシスコ市警の殺人課に配属されたばかりの捜査官。有能さを買われての抜擢だったが、彼女が女性であることを理由にやっかむ同僚もいる。しかし、捜査官としての腕は優秀で、着任早々にサイコキラーを罠にかけ逮捕するという手柄をあげる。
そんな彼女には、男漁りというちょっとした性癖があった。ところが、それがきかっけとなって、捜査中の殺人事件の容疑をかけられ、窮地にたたされる。
この手の映画の常として、観客は主人公を容疑者から排除するが、それでもシナリオは執拗に主人公に容疑を向ける。さらには、転々とするミスリードもあって、試行錯誤の楽しみには仲々のものがある。
ジェシカ捜査官役のシュレイ・ジャッドがきれいで、ヘップバーンを彷彿させたりもするといったら褒めすぎだろうか。『ナチュラル・ボーン・キラー』や『ボディリップス』という変な映画で彼女を観ているはずだが、これだけ強烈な印象を受けたのは初めてのことだ。
監督のフィリップ・カウフマンは、文芸ものからSFまで、芸域の広いひとで、個人的にはジュリエット・ビノシュを使った『存在の耐えられない軽さ』が印象に残っている。やや結末付近で緊張感が途切れるのが惜しまれるが、本作もまたミステリ映画の佳作として記憶される価値がある。
脚本はサラ・ホープ、共演はアンディ・ガルシアとサミュエル・L・ジャクソン。[★★★]

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