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February 26, 2006

マシニスト (2004)

masinisuto「マシニスト」には、やけに印象的なシーンがある。やせ細った主人公が、冷蔵庫の前だったかキッチンでダンスを踊るくだりだ。ほんの一瞬なのだが、激しく痩せた体の不気味さと奇妙な動きが印象的で、なんとも忘れがたい。主演のクリスチャン・ベールの30kg近くを減量したという、まさに身を削る役作りは、その場面だけを取り上げても大きな効果をあげているといっていいだろう。
さて物語だが、主人公トレバー(クリスチャン・ベール)は、極度の不眠症に悩む機械工である。彼は孤独を癒すために、たまに馴染みの娼婦スティービー(ジェニファー・ジェイソン・リー)と時間を過ごしたりしているが、行きつけの空港のカフェで働く女性マリア(アイタナ・サンチェス=ギヨン)にも好意を寄せている。そんな彼の身のまわりで、不可解な出来事が起こり始める。自宅の冷蔵庫には、暗号のようなものを記した憶えのないメモが貼られ、工場では見知らぬ工員アイバン(マイケル・アイアンサイド)を目撃する。仲間に尋ねても、みな口を揃えて、そんな工員は知らないという。トレバーは、次第に工場内でも孤立し、疑心暗鬼にとり憑かれた彼は、事故で仲間に片腕切断の重傷を負わせてしまう。
さらにそれに追い討ちをかけるように、マリア親子と出かけた遊園地で乗った幽霊屋敷の乗り物で不可解な出来事に見舞われ、マリアの息子に精神的なダメージを負わせてしまう。彼の行く先々に姿を現すアイバンが乗った赤い車。自分の影のようなものが、彼の存在を脅かしていくことに、トレバーは次第に精神状態の平衡を失っていく。
主演男優の減量が話題となったこともあって、個人的に連想するのはスティーヴン・キングの「痩せゆく男」なのだが、不気味な緊張感という共通項はあるにせよ、あちらは呪いをテーマにしたホラー、こちらはミステリとしての興味で観客を引っ張っていく。すなわち、男の身の回りで何故に不可解な出来事が起きるのか?そして、そもそも男はなんで不眠症(なんと365日も寝ていないと主人公は語る)に悩まされているのか?
次々と起こる不可解な出来事がどう説明されていくかが、ミステリ・ファンとしての最大の興味だが、謎とその解決の整合性という点では、やや物足りない。というのも、最後に明らかになる真相が、いささか形而上の分野に踏み込むものだからである。インディペンデント映画出身のブラッド・アンダーソン監督による謎解きのムードを漂わせた演出が、やや仇となった印象もある。
しかし、イントロとアウトロのテンポの良さには格別なものがあって、観客を退屈させない演出はなかなかのものだ。記憶というものの不可解さにチャレンジした作品としては、評価できる仕上がりだと思う。[★★★]

(ネタばれ)
トレバーは、1年間前に交通事故で子どもを轢き殺した経験があり、自らそのときの記憶を封印していた。しかし、そのときの記憶は知らず知らずのうちに回復し、その経過を記したメモをトレバー自身がメモにして、冷蔵庫に貼り付けていた。思いを寄せるマリアや、彼の周囲に出現する怪しい人物アイバンも、彼の妄想の一部だった。

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February 05, 2006

12人の優しい日本人●パルコプロデュース公演 (渋谷パルコ劇場,05.11.30)

12ミステリにおける法廷劇のパターンは、おおよそこんな感じだと思う。刑事告発を受けた被告人が登場し、冒頭、彼または彼女は決定的ともいうべき厳しい状況に立たされている。その後、裁判の中では、目撃者の証言がなされたり、新たな証拠が見つかったりするものの、被告人の容疑は深まるばかり。そして判決を目前に控え、絶体絶命と思われたその時、晴天の霹靂ともいうべき新事実が明らかになり、被告人はめでたく自由の身となる、ちゃんちゃん。とまぁ、正義の実現というシンプルながら力強いカタルシスが、古くはペリー・メイスンの世界や最近でいえばリーガル・フィクションの人気を支えてきたと言っていいだろう。
TVの古畑任三郎などでお馴染みのように、推理ものを得意とする三谷幸喜が、この法廷劇の分野に関心を持つのは当然のことといえば当然のことで、この「12人の優しい日本人」は、過去にも3度だったか上演されているし、中原俊で映画化も実現している。三谷には、東京サンシャインボーイズ時代に、「99連隊」という軍隊を舞台にした異色のリーガルものもあるのだが、これだけ上演を重ねるところをみると、やはり愛着の深いのはこの「12人の優しい日本人」なのだろう。今回のパルコ劇場は、まさに意中の役者たちを揃えて、満を持しての再演といえそうだ。
陪審員の控え室。ある事件の評決のために、12人の男女が集められている。事件は、女性の被告人が、元夫を走ってくるトラックの前に突き飛ばして殺したというもので、話し合いの冒頭、全員が無罪と意見を表明した。あっさりと評決に至ると思いきや、ひとりが意見を覆して有罪を主張したことから、一転して議論は白熱。有罪の疑いが、12人の中に広がっていく。そして、ついに有罪の意見が多数を占めるに至るが、ところが頑なに無罪を主張する陪審員がいた。そこで、再びふりだしに戻らざるをえなくなった12人は、事件の模様を再構築していくことに。
12人もの男女がいて、なぜか正義感にあふれたキャラクターがひとりもない。三谷の芝居は、そういうつくりものめいたキャラを登場させないシチュエーションを出発点にしている。最初は烏合の衆に過ぎなかった彼らが、やがて否応なく事件について真剣に検証、議論に没頭する。投げやりだったり、無関心だったりする者もが議論に加わり、やがて真相へと肉薄していく。その過程で醸成されていく緊張感が、なかなかスリリングだ。
いかにも三谷らしく味付けはユーモラスなのだが、さまざまな人間模様が繰り広げられるなかで、それぞれの人間性を露わにしていく脚本は、やはり何度観ても非常によく練られている。また、容疑者の言葉をめぐり、最後に鮮やかな逆転を見せる推理劇としての構造も、人を食った面白さがあって、見事な出来映えだと思う。
ちなみに、東京サンシャインボーイズ時代には、決まって相島一之と梶原善が演じていた要となる役は、今回生瀬勝久と温水洋一が演じている。どちらも芸達者な役者だが、このキャスティングが変わったことによって、芝居の色合いがちょっと違ったものになった印象もある。(決して悪い意味ではなく)最後に、その他のキャスティングについても、以下に記しておく。(陪審員はすべて数字の号数で呼ばれる)
陪審員1号浅野和之、2号生瀬勝久、3号伊藤正之、4号筒井道隆、5号石田ゆり子、6号堀部圭亮、7号温水洋一、8号鈴木砂羽、9号小日向文世、10号堀内敬子、11号江口洋、12号山寺宏一。

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